おでいげ交流広場



カテゴリ:[ なんでもフリートーク ] キーワード: おさみし山の徒然なかあ草木 エッセー風 ごちゃごちゃまぜこぜ


142件の内、新着の記事から10件ずつ表示します。


[145] 星生山温泉に

投稿者: うと 投稿日:2015年 5月 4日(月)20時17分56秒 s2021238.xgsspn.imtp.tachikawa.spmode.ne.jp  通報   返信・引用

います゜地熱発電所の湯煙が山全体を覆っている。今夜は
ここに泊まります。




[144] (無題)

投稿者: うと 投稿日:2015年 5月 3日(日)07時45分3秒 s2316242.xgsspn.imtp.tachikawa.spmode.ne.jp  通報   返信・引用

雨が降っている。海に降っている。丘の上に立ってこれを見ている人間がいる。彼にも雨が降っている。霧のような雨である。

彼は旅に出ている。港から小舟が出て沖へ向かっている。暗い空だ。水平線が見えない。小舟は夕方には戻って来るだろう。



[141] 見付かるのは嬉しい

投稿者: コブヨブ 投稿日:2014年 6月21日(土)19時54分11秒 KD106158098089.ppp-bb.dion.ne.jp  通報   返信・引用

なくしたと思って諦めていた財布が見付かった。財布の中には病院の診察カードや銀行や郵便局のカードや保険証やらが入っていたので、どこかになくしていたらどうしようかと悩んでいた。もしものことがあってはならないので、思い切って郵便局に紛失届を出しに行って、車の助手席のドアを開けたら、そこに財布が滑り落ちているのを発見した。助かったと思った。ほっとした。紛失届は出さずに済んだ。ポケットに財布を入れておくのが面倒なので助手席にぽんと放りだしておくのが癖になっていた。財布は、家の中ばかりを探していた。

なくなったと思っていたものが見つかるのは嬉しい。嬉しいものだ。こんなに嬉しいなら、ときどきはわざとなくしてみるのもいいように思った。



[139] すこぶる甘ったれ

投稿者: コブヨブ 投稿日:2014年 6月14日(土)09時53分45秒 KD106158098089.ppp-bb.dion.ne.jp  通報   返信・引用

「おはよう」と言うと「おはよう」と返してくれる人があれば、さみしさが吹っ切れる。



しかし、そういう人がここにはいない。仕方がない。「おはよう」と雲に向かって言う。



雲が、「わたしは仕方がなくて、なんですか」と不機嫌な顔をする。わたしは「すまぬ」を言ってぺこんと頭を下げる。



それにしてもどうしてわたしのそばには、「おはよう」の挨拶が交わせる人がいないのだろう?



「おはよう」の次のことばが途切れてしまうことを恐れているから、近くにそういう人を寄せていないのかもしれない。遠離っているのはこちらの方だ。



「ねえ」わたしはその人に次のことばを繋ぐ。甘ったれのわたしがすぐにばれてしまう。



なんだっていいのだ。「ねえ」の次にくる言葉は。「キャンデーくれない」でもいい。「ドライブしよう」でもいい。「お天気がいいね」でもいい。



その人が「そうねえ」を返してくれればなんだっていいのだ。歯車が合ったという事実がほしいのだ。そこがすこぶる甘ったれなんだ。



今日はこれから旅に出ます。ぶらりと。「おはよう」を言い合えることはないが、その分、わがまま勝手な旅をします。



[138] 他のブログのお知らせ

投稿者: コブヨブ 投稿日:2014年 5月16日(金)15時20分7秒 KD106158098089.ppp-bb.dion.ne.jp  通報   返信・引用

僕はブログをここ以外にも、次のブログを書いています。

1,「おでいげにおいでおいで」

 今はここに一番たくさん書いています。
   ここは訪問者数や閲覧者数が毎日変化いくのでそれも楽しんでいます。

2,「おでいげ休息所」

3,「おでいげ広場」

どうか検索をして1~3にもお尋ね下さい。




[137] インゲン豆の発芽

投稿者: コブヨブ 投稿日:2014年 4月21日(月)16時51分31秒 KD106158098089.ppp-bb.dion.ne.jp  通報   返信・引用

入院をする前にインゲン豆の種蒔きをしておいた。退院ができた時にはきっともう発芽をしているだろうと踏んでいたが、期間を繰り上げて退院をしてきたので、それからしばらくは発芽は確認できなかった。それが今日見回ってみると、土から青い小さな芽を伸ばしていた。こころが弾んだ。いのちが生まれている風景から元気をもらった。水撒きをしてあげた。



[136] 助けがはいるはずだ

投稿者: 暮風 投稿日:2014年 4月20日(日)20時20分51秒 s876135.xgsspn.imtp.tachikawa.spmode.ne.jp  通報   返信・引用

書けないけれど、書こうとはおもっている。傑作を書こうと思っている。自分が評価しての傑作でいいのだ。

この傑作が残せたら自分は生きたことになる、そういうふうに思えたらそれでいいのだ。

しかしそれがいったいどういう内容でなければならないか、それは解っていない。5行か10行くらいの短い詩でもいいのかもしれない。

400字か800字くらいの随筆でもいいのかもしれない。自分のいのちの旅を締めくくるものであればいいのだ。

そこに行き着くだけの力が自分に備わっているかどうかは怪しいのだが、楽天家の自分は、きっと助けがはいるはずだと考えているところがあって、

案外実現が期待できるとも思っているのだ。誰が助けてくれるかそれを名指しできないが、助けがはいることを疑ってはいないのだ。



[135] 絵美さん

投稿者: 暮風 投稿日:2014年 4月19日(土)12時19分38秒 s875195.xgsspn.imtp.tachikawa.spmode.ne.jp  通報   返信・引用

絵美さんという人は、名前の通りだ。絵のように美しい。青年はそう思った。

そう思って見ているだけなのだが、それは、その思慕は、それだけで彼女にも到達したようだった。

彼がとある用事を思い立って外に出てみると、機を一にして、遥か向こうの方からだが絵美さんが近づいて来るようだった。

まだ小さな影にすぎないときから、相手を認識することができた。青年は何か悪いことでもするときのように、一瞬立ちすくんだが、

それ以上に勇気のような感情が奮い立って来て、そのまま歩みを進めた。

感情はやがてライラックのような甘い匂いを放ちだした。まちがいなく彼女だった。その人の顔にも表情があった。長く伸びた髪と白い微笑が見て取れた。

午後の日がそれを明るく照らしていた。青年は立ち止まった。凝視した。

初めて出逢うわけではないのだ。といって馴染みというわけでもない。二人は午後の挨拶を交わした。青年はこのときもやはり、彼女を
美しいと思った。



[134] 死を安心するしかないのだ。

投稿者: 暮風 投稿日:2014年 4月19日(土)10時03分27秒 s875195.xgsspn.imtp.tachikawa.spmode.ne.jp  通報   返信・引用

死は、わたしの肉体の死でありながら、わたしがこれを完了しうることではない。

わたしの誕生がそうであったように、わたしの能動の生産物ではないからである。

わたしはひたすらわたし以外の、わたし以上の、これをなしうる力にこれを委託して、ひたすら信託をしているほかはない。

(・_・、)

わたしがわたしの力によって、わたしの生を生み出すとこができないように、わたしの死を死に終えることはできないのである。

わたしの死を、もしもわたし自身で成し遂げなければならないとしたら、きわめて不完全な、いい加減な、落ち度だらけの作品になるであろう。

(^_-)

わたしは、死なされることでもって、はじめてわたしの死を完了しうることになるのである。

死が完了したことを承認して、わたしは安心するしかないのだ。



[133] わが仏教的復活とよみがえり 雑論

投稿者: 暮風 投稿日:2014年 4月19日(土)02時31分20秒 s875195.xgsspn.imtp.tachikawa.spmode.ne.jp  通報   返信・引用

いままで乗ってきた古い車を廃車して新しい車を購入し乗り換えることがある。

いのちについてはどうか。

古くなって機能も衰えもはや人を乗せては走れなくなった肉体という車体は、老いて病んでやがて死を迎える。

身体を構成する細胞は、その一部が毎日新しくなって切り替わっているというものの、臓器などの部品のまるごと交換は、いまのところ、不可能に近い。

老いて病んでやがて死を迎えるしかない。

死を迎えるのは、新しく生まれるためである。

言い換えれば、新しく生まれるためには、死を経過しなければならない。それよりほかにいのちの蘇り、いのちの再生、新生はない。

蚕は脱皮して蛹から蝶になることができる。新旧ふたつのカラダが同時にあらわれて、脱げ変わるのである。残るのは脱け殻である。

この場合、脱け殻にはもはや用がないので、蝶はこれには見向きもしない。

(*^^*)

ある植物は、種を作っていのちを繋ぐ方法を選択している。またある植物は球根を太らせこれを分けて次のいのちのトキを迎えようとする。

胞子植物は胞子を飛ばしていのちを繁殖させることができる。竹は地中に根を張り巡らせこれに発芽させて分割を繰り返す。

動物の場合は、その多くは、精子と卵子を結合させることで、新しい別個の生命体を生み出す方法を選択している。

いずれもいのちは繋がっていく。こうすれば、つまり、子孫を殖やせば、流れているいのちの水が途絶えるということはない。

ヾ(o´∀`o)ノ

親が子にいのちのバトンを渡してリレーが成立するのだが、そこで親の役割は終了したのだが、厄介なことに終了することに対してのレジスタンスが惹起される。

死にたくないというレジスタンスである。

役割を終えた個体をも尚維持しておきたいという願望が沸き起こって、そこに不安と恐怖がたち現れて来るのである。

(・_・、)

欲張りな話なのである。

いのちを生き終わってそこで完全消滅に甘んじるのでなく、もう一度新しく生きたい、蘇りたいという欲望が台頭して燃え盛るのである。

いのちの復活を主張し出すのである。

〈 続 〉


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