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龍馬の拳銃のその後

 投稿者:高田  投稿日:2015年11月10日(火)10時45分18秒 180-198-166-201.nagoya1.commufa.jp
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  龍馬が寺田屋で捨てた拳銃はその後どうなったのでしょうか?
三吉慎蔵日記には「寺田屋ニハ変動ノ翌日探索者至リ家内ヲ検シ、遺コシ置キタル銃槍及ビ書類用金等ヲ拾ヒ揚ゲ、奉行所ニ取帰リ候由」とあります。奉行所に押収された拳銃も、その後の鳥羽伏見の戦いのドサクサで行方不明となってしまったのでしょう。この戦いで寺田屋も焼失しています。
 ただし、不思議な一文があります。寺田屋の跡目を継いだ伊助が、龍馬没後40年を記念して子どもの頃の記憶を元に「寺田屋伊助申立書」を残していますが、その中に次の一文があります「使用セシ短銃ハ長崎ニテ求メラレ候由ニテ、其際携ヘラレ初メテ見候事トテ、一同珍敷モノト思居ルコトニ候 後記念トシテ私方へ下サレ候。」事実なのでしょうか?

 次に、龍馬の遺品となった拳銃は、だいたいこんな経緯をたどったようです。龍馬の遺品は坂本家を継いだ龍馬の甥の坂本直からその子坂本直衛に移りますが、直衛は北海道の叔父坂本直寛を頼って浦臼に移住します。龍馬の拳銃は直寛の婿養子弥太郎に受け継がれ、龍馬展にも展示されたりしますが、大正2年の釧路大火で焼失してしまいます。火で焼かれた拳銃は単なる鉄くずになってしまいますからしかたありません。

 龍馬の所持した拳銃の実物は無くなってしまいましたが、レプリカや模型はたくさん存在します。
龍馬が使わなければ誰の目にも留まらなかったアメリカの拳銃が、面白いことにアメリカ以上に日本では知られる拳銃となっているのです。
 
 
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