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http://www.keiryou-keisoku.co.jp/other/gakkai.html
3.11 高麗尺の存在、不在検出の論文
新井宏論文「古代尺度復元法の研究−よみがえる古韓尺と高麗尺への疑問」(『計量史研究』NO.13)および新井の著書『まぼろしの古代尺高麗尺はなかった』が提起した衝撃。およびこれに対する西村淳の新井論文批判。白崎昭一郎の新井宏論文の検証と批判(計量史研究NO.16)。
新井の論文とその著書は、4〜8世紀における朝鮮半島や日本の古墳や宮殿・寺院の計測値を収集し、もっともよく合う尺度をコンピューターをりようすることによって客観的導出を試み、その長さ0.268m古墳時代が開始したを割り出し、この尺度の起源を朝鮮半島に求め、古韓尺と名付けたこの尺度が、4世紀ごろ朝鮮半島の政治勢力とともに日本にやってきてことが契機になって古墳時代が開始したと説く。
西村淳は新井宏のこの研究を統計学の仮説検定の手法の初めて採用したことを評価する。しかし統計学の限界値選択の常套手段等を示して新井の使用した手続きの誤りを指摘、また資料選択と計測方法の問題点も挙げ、また新井の結論を否定する。
白崎昭一郎は西村と同様に新井論文の功績を仮説検定を方法論として採用したことに限定している。白崎が新井が提示したプログラムによって事例を追いかけてみたところ不能であった。また新井に偏差と誤差の概念の混用があることも指摘する。白崎は新井の古韓尺否定論を十分な論拠をもっていないと結論づける。
白崎の解析においても、新井の論文・著書にも高麗尺らしい尺度はしばしば登場するのであり、いまの段階ではこれを全面的に否定することは困難でると白崎は述べる。
【研究者相互の切磋琢磨が研究の質をあげる】
新井の高麗尺の存在否定論とこの研究論文をめぐっての議論は、計量史研究の世界では異例のことであった。ある研究の論証性を評価することは難しいが、その研究分野の研究者が少ない場合には、事情にうとい者はその研究が客観的に分析を行って得られた結論であると簡単に判断されてしまうことが多い。
岩田重雄は計量史研究に関して研究者相互の切磋琢磨を強調しているが、研究の質の向上にとって一つの分野に複数以上の研究者の存在が重要であり、違う分野同士でもいい意味での張り合いつまり切磋琢磨があることが大事である。
1.新井宏による古韓尺研究ならびに韓国尺度史の研究
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