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投稿者:宮津徳也
投稿日:2009年 6月 3日(水)14時52分30秒
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まず「百済・新羅の東南にあり」ですから、東と特定されているものはともかく、方向の記載のないものまで東と読んでは、百済・新羅の東になってしまいませんか(書紀では新羅は西)。「達於海岸」=「既至彼都」ですから目的地に着いて段落、「自竹斯國以東,皆附庸於タイ」は次のタイ王にかかる説明じゃないでしょうか。
竹斯國以東はタイに附庸するという事は、大和もタイ国に附庸しているの意味ですよね。するとタイ王が倭王であって、大和の天皇ではないです。タイ国が大和を指すなら矛盾します。この文を十余国の前に置かなかったのは、秦王国より東の近江も尾張も毛野も附庸している意味を含むからだと思います。
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